IE9ピン留め
blogの更新を終了いたします
本日をもって、このブログの更新を終了いたします。
コメント欄も閉鎖させていただきました。

このブログは、しばらくの間は閲覧専用といたします。
長い間おつき合いくださいまして、ありがとうございました。
# by planet-plant | 2009-09-01 14:55 | information
私の得意分野は…?
週末、東京ビックサイトで開催された「癒しフェア」に行ってきた。
初めて開催された頃(5〜6年前かな?)は、友人が講演を行っていたり、
知人のプラクティショナーがブースを担当していたり…と、
みんなの活躍を応援&拝見する楽しみもあったのだけれど、
最近はそれも少なくなって。
でも今回は友人からの招待ということもあり、
加えてフラワーエッセンスボトルの受け渡しの用事も兼ねていたので、
久しぶりの入場だった。

初日の午後に出かけたのだけれど、人の入りはまあまあといった感じ。
一時期、癒しとかロハスとかが人気になっていたけれど、
そのブームが落ち着いたということを感じさせる雰囲気だった。
それでも人気のブースには行列が並んでいて、
行列の先を見ると「オーラ写真」だったり「前世リーディング」だったりと
なるほど、癒しフェア…と感心してしまう。
でも、それらのブースの数メートル先には、
なぜか韓国キムチとか宇都宮餃子の販売ブースがあって
(なぜキムチや餃子が“癒し”なの?)と理解に苦しんだりもしたけれど。

用事を兼ねて訪ねたフラワーエッセンスのブースは想像以上に人で混雑していて、
担当者と話ができる状態になるまで、ブース回りを3〜4周歩き回って
タイミングを計らなければならないほど。
私が訪ねたのは、輸入・販売元の会社が共同して開いた集合ブースだったけれど
その場所以外でも、フラワーエッセンスを取り扱う会社が個別にブースを設けていて
会場全体では数カ所にフラワーエッセンス関連の店舗があった。
で、それらの店頭では、安価でコンサルテーションが受けられるようになっていて
プラクティショナーが忙しそうに活躍している。
その様子は、私にとってとてもいい刺激になったようだ。

「プラクティショナーとして活動するためには、
自分の得意・不得意分野をきちんと見極めること」
プラクティショナーのための研究会で言われた言葉を、
最近は思いつくたびに心の中で何度も反復している。
(自分の得意分野って何だろう?)
これだ!とすぐには思いつかなくて、それゆえ何度も反復しているのだけれど
得意というより、好きだな〜と思うのは、
植物を観察することでフラワーエッセンスを理解していくアプローチの方法だ。

人を第一印象で判断するのではなく、交際を深める中で理解していくように、
フラワーエッセンスに対しても、その意味を覚えるのではなく、
植物そのものを観察して交流を深めていくことで、エッセンスを理解する。
植物や、それを取り巻く世界〜自然や地球や宇宙〜を知って、
それを、個々人の内面へと反映させていくようなアプローチが好き。

ああ、それだからこそ、今は実際的な活動を縮小して
好きな分野を得意分野にするための時間を作ろうとしているんだろうな。

癒しフェアに出かけて、第一線で活躍するプラクティショナーの姿を見たり、
また、お世話になっているマイキ社長の飯島さんと久しぶりにお話をしたりして、
何となく自分の方向性が見えてきたような気がする。
# by planet-plant | 2009-08-10 10:34 | essay
大切なお知らせ
このたび、planet*plantの活動内容を一部見直すことになりました。
9月1日より、フラワーエッセンス・コンサルテーションにつきましては
新規お客様の受付をいったん休止いたします。
新規でのお申し込み受付は8月31日までとなりますので、ご注意ください。
(今後は、以前からご利用くださっているお客様のみの受付となります)

また、10月と11月に予定しておりました、フラワーエッセンスのお茶会も
開催を取りやめることにいたしました。
年内の開催はございませんので、ご了承ください。

このように、いくつか閉じる内容が出てきておりますので
main WEBも9月1日より一部リニューアルする予定です。

さらにこのblogも、9月1日を最後に更新を終了いたします。
本来ならすっぱりとblog閉鎖としたいところですが、
旅の思い出やフラワーエッセンスの体験記などがたくさん残っていますので
しばらくの間は閲覧専用として残しておくことにいたします。

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今年は「jumpの年」として、さらなる自己実現を目指すつもりでいたのですが
私にとっての流れは、フラワーエッセンスの仕事を拡大させていくというよりは
じっくりと腰を据えて、深めていくという方向性のようです。
この流れは、5月の頭にはっきりと見えてきたのですが、
そのときの内容は「コンサルテーションの受付を無期限休止する」「お茶会は中止」
「main WEBは更新を停止する」「blogは閉鎖する」という厳しいものでした。
すんなりと受け入れられる内容ではなかったために、
しばらくの間は自分の中でさまざまに葛藤していたのですが、
6月末に戸隠を訪れたことが、ひとつの転換点になっていたようです。
その結果、冒頭にご案内したようなかたちに落ち着くこととなりました。

このblogをスタートしたのは、2004年の10月のこと。
まもなく5年になろうとしています。
当時は、main WEBを訪れた人が
気軽に感想やご意見を書き込める場としての役割と、
私自身が気ままに綴りたい内容を更新しつつ、
フラワーエッセンス・プラクティショナーとしての活動情報や
編集者兼ライターとしての書籍・雑誌の出版掲載情報をお知らせしてきたものです。
その間、もっとフラワーエッセンスに特化した内容のblogを作りたいと思い
二つ目のblogを作ったのですが(こちらは本日で閉鎖いたしました)
どうも私は掛け持ちをするのが上手ではないようで、
なかなか両立ができずにおりました。
二つのうちのどちらか一つに絞るべきだと考えたとき、どちらを残すか?
私が出した答えは、フラワーエッセンスに特化した内容のblogだったのです。

二つ目に作ったblogはすでに終了しておりますが、
9月1日からは、新たなblogを立ち上げる予定です。
この1ヶ月で、WEBとblogの準備をしていくことになりますので
まだまだどうなっていくのかわかりませんけれども、
温かく見守っていただけると幸いです。

お知らせの終わりに、ヴェーダンタ文庫の『バガヴァッド・ギータ』より
心に響いた一説を記しておきます。

行動を正しく放棄すれば自由となる
行動を正しくおこなえば自由となる
しかし行動の放棄よりも
行動をおこなう方がすぐれている

欲望や怨念を持たなければ
放棄の心は動揺しない
彼には嫌悪も願望もなく
妄想の鎖は切れて落ちる

賢者は知識と行動を同一視する
賢者の眼は正しい
どちらかの道をとれ
そして最後まで歩め

最後は同じところにゆく
行動を経てきた者は
同じ自由の中で
知識を経てきた者に出会う
 【放棄のヨーガより】
# by planet-plant | 2009-08-01 14:49 | information
日食に思う
アジアの人々が空を見上げた皆既日食。
ダイヤモンドリングが見られた人と、嵐の中で真っ暗闇を体験した人と、
さまざまな現象をそれぞれに味わえたようで。
私は空を見上げずに、テレビの映像で
ダイヤモンドリングとかコロナの様子をじっくり鑑賞しました。

でも、私が一番印象的に感じたのは、地上から見た皆既日食ではなくて
気象衛星から見た皆既日食の様子。
青い地球に突如できた黒い影が、ゆっくりと地球の一部分を横断していくのだ。

J-WAVEで鏡リュウジさんが、皆既日食の占星術的解釈について触れていたけれど、
昔の占星術では、日食は不吉な現象であって、
日食の起きた国の指導者が倒れたり、伝染病が蔓延したりする予兆とされていたらしい。
(くしくも、日本ではそんな感じになっているけれど)
でも、宇宙から地球の日食現象を見た場合、なるほど…と納得できるような気がする。

今の占星術の解釈では、生まれ変わりや再生を意味していて、
新たなサイクルの始まりにもなるので(日食は新月がもたらすものだしね)
そんなに不吉に思う必要はないのだけれど、
でもやっぱり私の中では、一部分に黒い影を抱えたガイアの映像が頭から離れないのだ。

昨日のあの瞬間、世界中の人々は空を仰ぎ、
宇宙の神秘に畏怖の念を抱き、人智を超えた自然のパワーをさまざまに体感したのだ。
人間の力なんて、宇宙の力の前ではとてもちっぽけなもの。
地球上では自然と人間のバランスが崩れている今だからこそ、
もっと人間は自然や宇宙に対して謙虚でいなければいけないのだろう。
# by planet-plant | 2009-07-23 10:32 | essay
扉は開かれた
約1年半ぶりに長野・飯綱高原&戸隠へ、
母を伴って旅をしてきた。
夏至の直後で夏越しの大祓い前という
タイミングで出かけたいと思ったのは、
なるべく月に一度のペースで
自然に親しむ機会を設けたいと考えたときに、
ふと戸隠奥社の参道が思い出されたから。
また、飯綱高原の定宿・水輪の
広大なファームを、
朝露に裾を濡らしながら歩いたら
さぞかし気持ちがいいだろうなぁ…と
思ったのだ。
(植物の葉や花に宿す朝露こそ、
フラワーエッセンスの原点だもの)


戸隠神社には、ご縁のある九頭龍社があって、
1年半前にお守りをいただいたままに
なっているから、この機会にお返しして
新たなお守りを手に入れたいな、とも考えた。
ただ、今回は気ままなひとり旅ではないから、
母のペースに合わせなければならないけれど。

小さい頃は、夏になれば毎年のように
家族で茨城に海水浴に出かけたものだった。
でも、成長するにつれて、
家族と一緒に旅行する機会は失われ、
私たちは独立し、父や祖母はこの世を去り、
家族で泊まりの旅行をするなんてことは
まったく考えられなくなってしまっていた。
母は年老い、弟たちは家庭を持っているから、
以前のような家族旅行は、もう二度とできないだろう。
そんなふうに寂しさが募ったからこそ、
このタイミングでぜひとも母と旅をしておきたいと思ったのだ。

母との生まれて初めての親子二人旅は、かなりの挑戦でもあった。
感情的にもエネルギー的にも一番強く影響を受ける相手との旅だもの、
単に「楽しいね」と喜び合えるようなものではない。
でも、この旅を通して私は、忍耐ということを母から学べたし、
母は母で、私が重きを置いている価値観を少しは理解できたようで
お互いに歩み寄ることができたように思う。

そして、戸隠という場所だ。
以前にも書いたことがあるけれど、私が足しげく通う戸隠の奥社は
天の岩戸をこじ開けた、天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)のお社で、
運命や可能性の扉を切り開くための力を授けてくれる(…と私は思っている)。

このところ、先が見えずにずっと足止めされているような感覚があって
何をどうしたらいいものやら、途方に暮れていたのだけれど、
奥社の天手力雄命と、お隣に居を構える九頭龍にお参りに行く、
それも母を伴って伺うことが、何かとても大きな契機になっていたらしい。

飯綱高原&戸隠の旅を終えてからというもの、エネルギーががらりと変わっていて
それまで足止め状態だった物事が、すべて流れ始め出している。
そういえば、エンジェルカードの「Obedience」は、
天使が赤信号で止まっている様子が描かれていたけれど、
まさに目の前の信号が青に変わったような感じなのだ。

水輪で滞在していた部屋は、東にファームを見下ろす大きな窓があって、
毎朝、室内を明るく照らす日の光のまぶしさに目が覚めたものだった。
ソファに座って、昇り来る朝日を眺めていると、
自分の中に光が注ぎ込まれて蓄電されるような感じがしていた。
新しい1日の始まりを告げる太陽は、
新たな段階の始まりを私に告げていたのかもしれない。

# by planet-plant | 2009-07-08 10:33 | essay
波動調整
夏至の日の早朝のこと。
前日のインパクトを引きずっていて眠れなかったので、
ベッドの中で雨音を聞きながらぼんやりと室内を見回していたのだけれど、
ふと衝動的に「机周りの配置を替えたい」という気分に襲われた。
もともと眠れずに時間を持て余していたのだもの、
もうそうなったら、ベッドの中でのんびりゴロゴロしていられない。

まだ日の出前だというのに、飛び起きてメジャー片手に寸法を測り出し、
配置プランを頭の中で何度もシミュレーションをしながら
机や棚をガタガタと移動させ、納得できるレイアウトに収めることができた。

ワンルームの狭い部屋だから、そんなに大幅に家具を移動できるわけではないのだけれど
こんなふうにして、ふとした瞬間にレイアウトを変えたいという衝動に襲われる。
でもこの衝動は、単なる気分転換なのではなくて
室内の気の流れ…波動を自主的に調整しようとしているのだ、というのを
今は亡きおじいちゃん先生に教わったことがある。
つまり、模様替えをしたり配置替えをしたりするのは、
その場のエネルギー(磁場)を整える、波動調整のひとつなのだ。

以前にも紹介したことがあるけれど、風水の考え方も、波動調整と同じものだ。
波動とかエネルギーなどという言葉に抵抗がある人でも、
脳への視覚刺激という説明になれば、きっとすんなり理解できるはず。

日照時間が一番長くなり、光のエネルギーが強まる夏至というのは
ケルトでは、盛りゆく半年を治めていたオークの王から
衰えゆく半年を治めるホリーの王へと道が譲られるときに当たっている。
また、日本の神道だと、半年間の穢れを祓う、夏越の祓のとき。
いずれにしても、この半年間を振り返り、次の半年へとつなげていくための
とても大きな節目の時期になっている。

地球や宇宙を取り巻く環境エネルギーの変化と、
自己の内側で変容していくエネルギーを感じ取りながら
少しでも居心地の良い、今の置かれている状況に必要な場を作るべく、
自分の居場所の波動調整をしていけたらいいね。
# by planet-plant | 2009-06-23 10:33 | essay
1年後の最終章
シルバーストーンでの開催が見納めになるF1イギリスGP。
深夜の予選を見ていたら、カズキが今期最高グリッドを獲得したので
ちょっと期待して本戦を見ていたのだけれど、ずるずると後退してあえなくポイント圏外。
でも、今年のシルバーストーンは雲が覆っていたものの雨に見舞われることなく
淡々と有終の美を飾ったなぁ…と思った。
だって、昨年のイギリスGPは大雨で波乱の展開になっていて、
その中、ルイス・ハミルトンが地元で優勝してお祭りムードだったのだもの。

私はその第一報を、ヒ−スロ−空港の出発ロビーのテレビで
ウィンブルドンの決勝の速報と一緒に知ったのだ。
そう。昨年のイギリスGPは、日本へと帰国する日なのだった。

***

グラストンベリーの中心地には、バス停が2つある。
ひとつは、インフォメーションセンターに近い、グラストンベリーアビーの前。
ここにはコーチ(長距離バス)も留まるので、メインのバス停と言ってもいいのかも。

メインのバス停を出発してハイストリートを進んでいくと、
坂を上りきったT字路の交差点横に、ふたつ目のバス停がある。
こっちは路線バスしか留まらないから、ローカルなバス停だ。

私は、空港までの帰路に路線バスとコーチを乗り継いでいくルートを選択したので、
どちらのバス停から乗っても大丈夫なのだけれど、
グラストンベリーで過ごすうちに、帰りはローカルなバス停を利用したくなっていた。
もちろん、宿泊しているB&Bから近いバス停だというのも理由のひとつだけれど、
一番の理由は、ここのバス停からトアが臨めるということ。

ところが前夜から降り続く雨で、帰国の途に着く日は雨雲が空を支配していた。
宿のオーナーが外出するために戸締まりを任された私は
(…というか、バスの時刻ギリギリまで滞在していていいとお許しをいただいたので)
部屋の窓に張り付くようにして、時折通過する傘をぼんやりと見つめて過ごしていた。
このままではきっと、バス停からトアを眺めることはできないだろう。

半ばあきらめていたのだが、バスの時刻間際になったら、
それまで降っていた雨がはたと止んで、雲間から青い空が見えるようになってきた。
旅をしている間は、天候からも神の意志を読み取ろうとする癖がついているので、
「これは旅立つ私を見送るサインだ!」と解釈。
慌てて宿の戸締まりをし、カギを指定された場所に隠してから、バス停に急いだ。

天候が回復する兆しはないけれど、流れ込む雲は大きな固まり状になっていて
ところどころに晴れ間の部分ができている。
私がバス停に到着したときには、ちょうどトアの丘には雲がなくて
光を浴びて輪郭がくっきりした塔と丘の稜線が、私のいる場所から確認できた。
そして、本当に見えざる手の良き計らいであるかのように、
バスが停留所に到着したとたん、再び雨が降り始め、トアの丘は雲に隠れてしまったのだ。
そして、それからはもう、ものすごい土砂降りだった。

コーチに乗り換えて高速道路を空港へと向かう間も、黒雲が激しい雨をたたき付けていて
おまけにどこからか雷鳴が聞こえてくる。
本当に、出発時間に間に合うように空港にたどり着けるのか…
そんな不安が頭をよぎっていたとき、走行しているコーチのすぐ近くに稲妻が落ちたのだ。
ひぇ〜っ!と言いたいところだが、ふと夢のことを思い出した。
そうだ、そういえば私、旅行前に雷が落ちる夢を見たんだった。…ということは、正夢?
雷は、ドラゴンや龍神、はたまた光の守護者でもあるミカエルや聖ブリジッドの
象徴のひとつとも言われているから、たぶんこれもまた帰国しようとする私への挨拶かも。

そんなふうに解釈していたとき、行く道の前方にぽっかりと雲の切れている空間がある。
ちょうど一カ所だけ、まんまるく雲の穴が空いていて、そこだけ青い空が見えているのだ。
不思議な風景だなぁ。そう思ってずっとその一カ所だけを眺めていたら、
旅客機がその穴を通って雲の上に出ていく様子が見えてきた。
これまたビックリ。ちょうど空港の部分だけ、見事に晴れ間がのぞいている。
コーチは、まるい雲の穴を目指して進み、穴の中に到着。
そして、私達を乗せた飛行機は、雲間の穴から日本へと向けて飛び立ったのだった。

こんなふうに、最後の最後までミラクルを見せつけられた英国滞在。
もちろん、いろんな偶然が重なって起きた出来事ばかりなのだけれど、
やっぱりそれらの出来事には、見えない存在…妖精とか精霊とか天使とか神様とか…の
コミュニケーションによるメッセージが示されているのだと思う。
そして、彼らが近くにいることを感じられている間は
私自身、解放された気分で、とても居心地良く伸び伸びと過ごせていたのだ。
それだからこそ、成田に到着し、湿気を帯びた空気を吸ったときには
何かが切り離されたような気分になって、とても切なく悲しい気持ちになった。
正直(イギリスに帰りたい)と思ったほどだ。

たぶんイギリス、特にグラストンベリーは、定期的に訪れることになるだろう。
毎年はさすがに難しいけれど、2年に一度ならばできるかもしれない。
そういう機会を、もっと積極的に作っていくように頑張ってみたい。
珍しく強い気持ちを持つことになった、2008年夏の英国再訪なのだった。

あれから1年。
今のところ来年は、南半球へ出かける可能性のほうが高まっているところ。
でも、グラストンベリーは私にとってリトリートの地なので
来年が難しければ、ぜひとも再来年に訪ねたいな。

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# by planet-plant | 2009-06-22 10:40 | trip
原点回帰
フラワーエッセンスとの関わりは、もう10年以上になるけれど
10年前と比べても、フラワーエッセンスが人々の日常に浸透してきたなぁ…と
この頃つくづく思えてくる。
それは、インターネットの普及とも関連しているのだろうけれど
yahooの検索画面に「フラワーエッセンス」のキーワードを入れて検索すると
ヒットしたのが約2,570,000件。
(ちなみにgoogleだと約329,000件。へぇ、そんなに違いがあるんだ〜)
フラワーエッセンスのメーカーや取り扱いショップ、プラクティショナーのHPが
ずらずらと並んでいる。

インターネットだけではなくて、現実世界でも
ふと街の中に出かけていけば、フラワーエッセンスを取り扱っているお店が
どれだけ身近に増えてきたことか。
10年前ならば、東北沢や表参道に出かけないと入手できなかったのだけれど、
今ならば徒歩10分かからない場所に、
フラワーエッセンスを取り扱っている雑貨店Culs.がある。
また、近所の丸井にはカリス成城が入っているし、
他メーカーのフラワーエッセンスもフロア内で見かけることができる。
プラクティショナーや治療家など、フラワーエッセンスを取り扱うトリートメントサロンも
徐々に増えてきている。

これだけ広まってきたからには、
単にフラワーエッセンスの普及に力を注ぐというよりも、
どのようにしてフラワーエッセンスを扱っていくか…という、
プラクティショナーや治療家個々人の取り組みが重要度を増してきているような気がする。
そう考えると、フラワーエッセンスとどう関わっていくのか、
もっと突き詰めれば、自分自身とどう向き合っていくのかが大切で、
この取り組みが、クライアントの診断やアドバイスに大きく影響していくのだと思う。
そして、プラクティショナーや治療家の放つエネルギーに引き寄せられる形で
彼らから癒しや学びが必要なクライアントさんが導かれていくのではないのかな。

そんなふうに思えるからこそ、原点回帰という方向性に自然と意識が向いてしまう。
原点に戻る。それはつまり、自分自身を癒して光を強めていくということ。

同郷の詩人・相田みつをの詩を思い出す。

「あなたがそこに ただいるだけで
 その場の空気が あかるくなる
 あなたがそこに ただいるだけで
 みんなのこころが やすらぐ

 そんなあなたに わたしもなりたい」

自分自身の存在そのものが、フラワーエッセンスになること。
それこそが、人間関係やその場の雰囲気、土地空間を含めて、
地球や宇宙全体を調和にもたらす、最上の手段なのではないか…と思うのだ。
# by planet-plant | 2009-06-16 10:31 | essay
麻trip
めったにひとりでは外食することはないのだけれど、
久しぶりにひとりで夜ごはんを外で食べてきた。
仕事帰りに立ち寄ったのは、最寄り駅近くにあるbagusというレゲエバー。
レゲエバーに行った…なんて書くと、奇妙に思えるかもしれないけれど、
ここは、近辺ではとても珍しい、麻料理を扱ったお店なのだ。
(麻料理というと下北沢が有名だけれど、川崎にもあるのですよ)

以前、友達を誘って食事をしたり、
ランチ時にヘンプバーガーをテイクアウトしたことはあったけれど、
ひとりでふらっと立ち寄って食事をする勇気がなくて、
いつもはお店を横目に眺めながらスルーしてばかりだった。

でも、仕事終わりにコンビニ弁当を買って帰って食べるよりも
多少値が張るとはいえ、人の手で作られた料理を食べるほうが、
肉体的にもエネルギー的にも断然いいわけで。
ましてや、健康食品として知られている麻(亜麻)だもの。
知らない店ではないのだし、思い切って入ってみようじゃないの!と
気持ちに勢いがついたのだ。

食事をするには少し遅い時間に入ったので、店内はすっかりバーの様相を呈していて、
常連さんが陣取るカウンターの一番隅に滑り込むと、
一見客と判断したマスターが、メニューを差し出す。
生野菜が食べたかったので、麻の実豆腐のサラダと、発泡酒「麻物語」を頼みながら
時間潰しにメニューを隅々まで眺め、十三穀米のおにぎりを追加した。
…で、一心不乱に食す。

空きっ腹にアルコールが効いたのだろうか、次第に不思議な感覚にとらわれる。
目の前ではマスターと客が釣りの話をしているのだけれど、
その話声がBGMになって、自分の居場所がふっと曖昧になるのだ。
この感じ、決して酔いが回って前後不覚になっているというのではなくて、
そう、たとえば海外のパブでひとり過ごしていたときのような、心地良い孤独感。
その場に確かに居るのだけれど、周りにいる人との心理的な距離はとても遠くて、
目の前のやりとりを見聞きしながらも、自分の世界に浸っていられる。
ここに居て、ここに居ないような、奇妙でいて居心地のいい感覚。
無言で食している間、麻料理と一緒に、そんな感覚も一緒に味わっていた。

食事を終えて落ち着いた段で、そこそこに引き上げてきたのだけれど、
たぶん、こんな感じでこのお店に時々食べに来るのが、
私にとっては心地良いスタイルになりそうだなぁ…と思った。

でもこの感覚、お店を出て家に帰る道を歩いているときも
ずっとフワフワとした余韻が残っていたから…ひょっとしたら麻のチカラなのかも!?(^_^;
# by planet-plant | 2009-06-08 10:31 | essay
動機づけ
ブッククラブ回のレジ横には、エンジェルカードの置いてある平皿がある。
もちろん宣伝用の商品見本なのだけれど、
この書店に立ち寄るたびに、平皿にあるエンジェルカードを1枚引くのが密かな楽しみ。

前回、フラワーエッセンス仲間の友人と訪れた際に引いたときには、
自転車に乗った天使が、赤信号で止まっている姿が描かれた「Obedience」だった。
そのときは、自分の中でまったく予想もしていなかった流れが示されていたときで
セルフチェックでも納得できず、友人に介添えをお願いしてO-ringをしていたのだ。
その直後に引いたカードだったので、その意味は明白。思わず頭を抱えてしまった。
「今起きている流れに服従(Obedience)しなさい」ということか〜。

それから1カ月後。前回の友人と再び書店に立ち寄ったので、
友人が本を購入しているそばで、エンジェルカードを引いてみた。
今度は、ピッケルを握った天使が命綱をつけて山を登るイラストの「Purpose」になった。
流れを信じて身をゆだねることにしたのはいいものの、これからどうしたらいいのか、
これから何に取り組んでいくのか、先の展望が見えない感じをずっと抱いていたので、
今回もエンジェルカードの意味はストレートだった。
「目的をしっかりと見据えれば、道はおのずと見えてくる」ということですか。。。

私が考える「Purpose」が示す目的というのは、人生の目的と魂の目的。
「私の人生の目的は何?」
「私の魂が目指していることとは?」
そんなことを、ずっと頭の片隅で繰り返しながら、ここ数日を過ごしている。
投げかけた質問に対する答えが、ふっと意識に浮上してきてはいるけれど、
禅問答のようにあまりにも概念的すぎて、まだ宙を漂っているところ。
# by planet-plant | 2009-06-02 10:25 | essay
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